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高専から駅弁大学から東工大を経て大企業へ 浅く広い趣味とかキャリアの日記を

清澄白河界隈

10/5の日曜日はぐるっとパスの残存期間も残りわずかということで,東東京方面で消化してきた.

この日はモリモリなので前後半構成にして,前半はこの清澄白河,後半は両国:江戸博をまとめる.

 

 

清澄庭園

 

最近,庭園はご無沙汰気味だったが.

多くの美術館類が10時からなので,9時台に庭園で時間の効率化を図った.

朝から晴れて暑い日だった.

亀も多くいて,日向ぼっこは気持ちよさそう.

東京とは思えない環境で,トンボも多く飛んでいた.

下記はちょうど2者が同席しているところ.

 

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庭園らしからぬピクニックのしやすそうな広場も.

もっともそうした要素は隣接した公園の役目か.

 

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我ながらいい色味で撮れた一枚.

 

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東京都現代美術館

常設展

同じ清澄白河駅最寄りの現代美術館も.

駅からはやや遠め.最寄り出口がホームの端同士ということもあってか.

現代アートはかなり理解が難しいが,だからこそ向き合っていきたいとも思えたり.

 

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美術館でありながら全体的に写真の規制が緩いのは,個人的にはありがたい.

ただ目で見ずに写真を撮るだけの廻り方も嫌いなのでほどほどに.

というかそもそもの主題がデジタルチックだったり,映像であったりして写真撮影に向かない.

そうした媒体の変化も面白い点だとは思う.

 

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こんな日常的な材料を使ってしまうのもまた.

とはいえマイナーチェンジがあるから時代感を漂わせるのは意図的か.

 

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デジタル数値がそれぞれの速度でループする.

単純にそれだけならプログラミングでも実現できそうで,そうしたVRよろしく仮想化した(Virtualized)アートが今後は台頭するのだろうか.

であれば,NFTもさらに活況を呈するのだろうか.

 

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finders.me

 

ほかには東京五輪に合わせて,その期間の空間を感光,劣化?させたプロジェクトもあった.

ただそこで最も面白かったのは,失礼ながら,そのための留置された広告枠の隣がバニラ広告だったことだ.

 

言い忘れたが常設展ではコロナでの芸術家らの取り組みや感じたものが特集されていた.

この目録も凝っていてよかった.

 

コロナの不安感から,通常中身を不気味と捉えるトンネルを,逆に捉えて描画していたり.

あるいは人間がいなくなった都市,NYの荒廃を夢想し,もののけ姫よろしく野生動物の支配下を描画したり.

そこからホームレスの生き様に類似性を見出していたり.

 

コロナからはやや離れるが福島原発事故現場作業員がかつての作品に類似させ,視聴者との立場の逆転を感じさせる指差し長時間の映像があった.

そこに付属して震災直後の情報収集のネットサーフィンや動画のキャプチャーが流れる.

当時の古びたデザインのYouTubeやニコ生,2ちゃん,Twitterなどが,枠としてプラットフォームそれ自体に哀愁を漂わす.

もちろんその当時の中身の情報の価値は言わずもがなだ.

振り返ってみると,国家的危機に対し,”仮想的な”団結力も感じられるところだった.

 

現在は技術的進展もさらに進んだが,当時からの進歩はあまりないように何となく感じた.

これは瞬間的刹那的災害と長期的メリハリのない状況の違いもあるか.

そもそも2011年くらいまでのインターネットは,一般的な普及は微妙なところで,積極的に使うのはオタクが多い傾向があった.

現在ではLINEもあるし,完全に普及したが,だからこそインターネットの利用層や利用状況にもひどく変化が起こったためだろうと推察できる.

こう言うとインターネット老人・老害だが,しかしかつての雰囲気の心地よさを回顧せずにはいられない.

 

一見すると非常に現代的で何でもない感じだが,こうした奥深さを感じさせるのは,作者の感性の深みか.

案外,美術品にするための材料は日常的なもので,PCとキャプチャーソフトくらいだ.

しかしそれでもこう思わせるセンスと,そこで記録をしようと思った突発的思考のセンスには脱帽する.

現在も意外と身近ながらやや革新的技術が機会になりうるかもしれない.

このあたりは芸術の根本原理に立ち返ってよろしくアイデア次第か.

 

あるいは写真のネガを緩和的に感光・現像するような手法も紹介されていた.

こうなると写真の定義はどこまでかと考えさせられる.

この作品は普通の写真と比べれば,エッジが揺らぎ曖昧さが増している.

とはいえ現実の一瞬を撮影したのは確かだし,写真がそもそも完全に厳密とは言い切れない.

画質が低くとも写真は写真だし,長時間露光で現実にない景色も撮れる.

そういう面白さも問題提起しているかもしれないというのは考えすぎだろうか.

 

また写真と言えば脱線になるが,先日MINAMATAの映画もみた.

まあ感想は長くなるかもなので,別途記載か.

 

2階は粘土を中心とした立体造形に多く面積が割かれていた.

これはより難解だ.

最も難解だったのは仕切り的な役割であろう壁に,ゴミ袋に使うようなペラペラのビニルが張られていたことだ.

類似するものとして梱包されたままの展示もあったが,作業途中的な瞬間を切り取るようなこの哲学は何だろう.

こればっかりは考察のさじを投げさせていただく.

 

 

またちょうど絵画論を読んでいて,なんか心的に一丁前になっていたかもしれない.

 

特別展

 

特別展は横尾忠則氏とアニュアルのもの.

振り返ればコスパ重視で特別展はパスでもよかった.

ぐるっとパス的にはそれが最もおいしい.

 

前者は派手すぎるし,高かったのでアニュアルだけ買った.

「海.リビングルーム,頭蓋骨」というキャッチコピーにも惹かれ.

下記は前者を盛り上げるショップの様子.

 

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このアニュアルは映像が中心だったが,常設展以上に抽象度が高く全体的によく分からなかった.

良くも悪くも現代アートらしい.

解説を読めば何となく意図して伝えたいことは分かる.

海の匿名性や南米の内戦など.

そしてそれらの多くは映像表現され,映画鑑賞料金と考えれば,値段も妥当,むしろ安いくらいだ.

ただ本質的な人類課題が主題であり難しくハイカロリーだ.

そうした覚悟があれば,あるいは非常に魅力的な展示たちだろう.

 

ランチ

 

最後にランチを付記して終わる.

飲み物はバラエティ豊かで,これは確かベリー系が入った紅茶.

そういえばたまたまだろうがいい席をもらえた.

 

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前菜プレートは大変豪華な見た目.

フレンチ系はソースをどうすべきなのかが難しい.

 

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所定のランチセットからは追加料金ありで4種選べて,私は白身魚のパン粉付きの香草焼きのようなものを注文.

ここのところ家では魚が多く肉を頼みたいタイミングではあったが,なんだかんだ魚介系の方が蛋白で落ち着いていて好きなのと,香草に弱く,効果抜群4倍弱点で即決.

最初は魚が案外小ぶりに見えたが,パン粉付きなこともあってか満腹.

付け合せの焼き野菜も甘くなっていて大変美味.

ソースはニンニクやオリーブオイルなどからとのことで黄金比

 

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食後はセットのコーヒーとチーズケーキ.

これで3000円くらい.まあそんなものかな.

メニューもおしゃれで,特に最後のラムをかけるティラミスも気になったが,これ以上食べるのも奇特かと思い退散.

ぜひとも再訪したい.

 

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TGS2021 via VR

今週末は宣言も明けて,各方面に遊びに行った.

依然,対策を意識しつつ独りだが.

 

ただ東京ゲームショウ(TGS)も開催されており,VRにより自宅からも参加できるとのことで覗いてみた.

 

www.itmedia.co.jp

www.advertimes.com

 

VR機器も買ってせっかく持っているので.

 

後から調べて知ったのだが,Oculusでのスクショの操作方法に精通しておらず,あまり写真は撮れなかった.

Oculus Quest 2 でスクリーンショットを撮る方法 | Lonely Mobiler

 

またそのスクショもFacebook経由以外はローカルでの操作が必要なのが難点だ.

Facebook傘下なので当然とはいえ,あわよくばGoogle Photo,Twitter,せめてグループのInstagramは直接に通らせてくれ.

さらにLinkのようなコードレスのニアバイシェア的な機能があるので,Bluetoothか何かにしろで,さらに楽に共有させる機能は欲しい.

ここを渋るとユーザ体験のリーチも失速するのではないだろうか.

 

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まず今回の取り組みとして,場所と時間の制約が緩和されることがいい.

一般的にこうしたイベントは,湾岸地域の大きな施設で,9時17時のような印象もある.

しかしそうした地域に行く必要もなく,時間も深夜でも可能だ.

当然だが極論,ネットワークの遅延が気にならなければ,理論上地球の裏側のブラジルからでも参加可能だ.

私事としても,日中は普通の営業時間に従った博物館などを来訪していたため,時間の重複を回避できるという点で,1人のユーザとしても高いユーザビリティを感じるところだった.

 

類似する話はVR界隈のパイオニアとも重複する.

 

panora.tokyo

 

そうした環境的利点をまとめたところで,肝心のイベントの感想だが,まとめると普通という印象だった.

確かに仮想空間上でイベントが行われているのは面白い.

ただ案外物理的で保守的な空間設計に思われた.

 

また縮尺も気持ち悪かった.

マガイマガドやガンダムなどの大きなものから,ソニック桃鉄のキャラクターなどもいる.

仮想空間上ならこれらを存分に原寸比にした方が,独自性もあるし,絶対的で面白そうだ.

 

物理的に保守というのは,まずメモリの都合か部屋が分けられていたこと.

ここはリッチに単一の大空間から各部へアクセスできるとよさそうだ.

また基本的に平面上を移動する形式だった.

アバターも人形なので無難だが,VRの独自性を活かすなら空を飛んでもよかったと思う.

さらにこれは賛否両論,個人差があるだろうが,VR上でのコントローラでの操作,左手移動,右手視点が微妙だった.

まず単純に酔ってしまう.これはVRに慣れが必要か.

 

また概ねの展示は平面的な動画を見せるようなもので,そもそもVRの必要性が曖昧だった.

サードパーティらには,今後積極的にVRでのコンテンツ,広告展開することを期したい.

 

ただ会場は謎の光が舞っていたりしてリッチでキレイだった.

サマーウォーズや楽園追放的なSF感を強く思わせる.

しかしディティールを見ると案外チープに見えてしまうので,ポリゴンをベクトル化したらいいように思う.

すれば随所で感じた重さも効率的に解決できるだろう.

上野の小さめミュージアム

 

pytho.hatenablog.com

 

上記の翌日の敬老の日は引き続き上野に出向き,東京都美術館ゴッホ展とその他もろもろを見てきた.

ゴッホ展は最高で本も久しぶりに記念に買ったので,あとで見ながら振り返るとして,ひとまずその他側の感想を留めておきたい.

 

行き先はぐるっとパスの残りの無料対象から近場を適当に選んだ.

まずは不忍池の畔にある下町風俗資料館

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ここは風俗の反映を意識してか季節の展示がされるのか.

ちょうど十五夜前日で思い出すきっかけになった.

とはいえ後日,ナボナの発祥の自由が丘は亀屋万年堂での限定品をほぼ定時帰宅で狙ったものの,売り切れであえなく撃沈.

 

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防災袋は昨今の震災や激甚で重視されるが,そもそもの考えは古くにある.

そもそもとしてこうした歴史を覚えておくとは重要だろう.

 

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順路的に狭いところを指示されるが,この狭さが下町らしさとも感じられる.

もっとも本当にこんななら延焼しない方が不思議というわけだ.

 

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これらは建物の都合か8割スケールだとか.

1階は主にそんな模型展示と雑貨の併設.

2階は写真や紙の資料が主.

 

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大正の浅草といえば,直近で思い出されるのはフジテレビでも再放送された鬼滅の刃

正直,町並みとしては関東大震災があったり,そもそも大正が短かったりで,あまり把握できていないところもある.

浅草が栄えていたように当時は東東京が中心で,皇居よりも西側の地域はあまり栄えているようには見えない.

 

なんとも江戸川で大きく隔てられる墨田,葛飾などと,今日の新宿,渋谷との対比が激しい印象だ.

これも盛者必衰か.

であれば大丸有はともかくとして,副都心側も案外ぬくぬくしていられないのかもしれない.

実際,個人的にはごちゃごちゃして同質的な副都心の空気は合わず,上野の広々とした都市として余裕を感じる空間の方が緑も多く文化的で好みだ.

 

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上記はちょうど戦争かという時期の楽譜.

琴の楽譜も数字だった覚えだが,この頃は必ずしも西洋式で統一されていなかったか.

下記で奏楽堂で昔の楽譜を知ったつもりになっていただけに少しショックだった.

 

pytho.hatenablog.com

 

 

 

次は鶯谷と日暮里の中間にある書道博物館

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館内は以上を除き撮影禁止なのは惜しいところ.

また上述のように既に時間を使いすぎて,回覧時間は1時間もなかったので若干消化不良.

 

館名は書道とあるが,展示は写真の通り一般的な書道の範疇に留まらない.

てっきり和紙,半紙の固定観念がついてしまっていた.

もちろんそうしたものもあり,それは三筆という四天王的なものなど古文書10数点もあるそうな.

 

それらに対する書道家から見た字体への評価は,素人でも理解できるよう噛み砕かれており面白い.

1書道家が大先輩の傑作に感嘆し憧れているような書き口もいい.

 

内容はフランクな文脈だ.若者に合わせる中年以上のキツさ,寒さが若干しないこともないが,それがまた面白いところでもある.個人の感想.

あるいはコロナに関する注意書きも現代アート的な不思議な書体で書かれているのは,当館の個性を存分に発揮しているところだ.

そういう博物館としての補助的な細部にも光るところはある.

 

さらに初めて見るものも多く,これは単に私の不勉強によるところだが,黒い紙に金や白のインクで書かれた巻物もあった.

そういう材質的なところにも当時の金銭的,文化的余裕の程度が垣間見れるわけだ.

あるいは石碑の魚拓もあった.

 

石という材料は硬く一見長持ちしそうに見えるが,そもそも脆性的で細い表現が難しい.

加えて一般に外に置かれ風化してしまうため,案外紙の方が古いものがしっかり残っていたりするわけだ.

石碑としては完全ではないが,日本は646年のだとか.

そして魚拓は画質が荒くなるわけだが,文章そのものはもちろんのこと書体や感覚が保存される.

コピーと侮ることなかれ.

 

奈良時代は中国に倣ってか楷書がしっかりしていたが,平安に入ると屏風やひらがなの開発に伴い草書的な伸びやかなものも見られた.

また書道そのものの奥深さも感じられ,空海の文はただの文章でありながら,そこを大小や筆の太さによるアクセントによって,うまく文中の単語,文字の強弱が表現されている.

現代もフォントやBoldで調整できるとはいえ,やはりアナログの人間味の面白みは奥深い.

 

そう,書道といえばフォント的な側面からも分析できそうだ.

現代にもフォントオタクというのがいるし,もちろんその開発者もいる.

 

これらはロビーのある企画展側の展示.

通常展の方は上記の写真のように書道からはやや離れたテーマ.

中国の石碑や鉄器の碑文を通じて,時代ごとの書体の変化を紹介する.

が,上述のように時間がなく,特に企画展に長居してしまったこともあり,特に消化不良.

科博

科博

 
 
 
 
 
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植物

今日は特別展の植物についてのものを予約して9時から見た.

トップ | 特別展「植物 地球を支える仲間たち」

少し残念だったのは特別展経由はぐるっとパス対象外で割引もなく1900円だったことだ.

しかし楽しさで言えば,ディズニー以上なのでお得であることに変わりはない.

 

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これは植物を扱う利点だろうが,実際に生きた動態展示が多くあった.

最小の陸上植物の水草の展示もあったが,植物プランクトン分水嶺というか定義の差異も気になるところだ.

また死んだものも,その保存方法がしっかりしたもののまま展示されているのが,またよかった.

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最後の一文が雅.

他にもやはり様々な主がいて,菌類からエネルギーを寄生するものや,昼に気孔を閉じて乾燥から守るものも.

マングローブは地盤が不安定なので,胎生種子だとか.

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原形質,他にも維管束など生物の教科書に出た言葉を多く久しぶりに見た.

そういえば南極は極限環境ということもあり,維管束を持つ種は2つしかいないとか.

せっかくなので,そうした教科書も併置されていると良いと思った.

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農業含めた遺伝子関連の展示も.

しかし農業と遺伝子組み換えは隣の展示になっていたものの,直接の関連性がなかった.

遺伝子組み換えの誤解による損失が大きいので,そこを解消する展示の努力をしてほしかった.

確かに青薔薇の花言葉の変化はドラマチックでいいエピソードだとも思うが.

 

pytho.hatenablog.com

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一方で外来種ついてもまとめられ,日本での特定種のほか,反対に日本産のクズやワカメもまとめられていた.

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ちなみにミドリムシは2次植物というカテゴリなのだとか.


通常展

恐竜の化石から最新技術まで.

ノーベル賞含め.

先日はScience Museumと科学技術館を比較したが,やはり規模的に比べるには科博が適切だろう.

科博には上述のように恐竜の化石の印象が先行しており,ケンジントン駅に近いロンドン自然史博物館が対応するイメージが勝手にあった.

ただこれは科博の一側面しか捉えられていないだろう.

 

pytho.hatenablog.com

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そこまでの印象があったのは,やはり幼少期,小学三年生くらいだろうか,に訪れた強烈な記憶が残っている.

また直近に読んだ八月の銀の雪にもクジラに関する言及があり,工業的現代科学より観察系の自然科学が強いという偏見があった.

 

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電波についてのブース.

人工衛星など派手なのが多めながら広くサポ―トされている.

しかし日常に近いWi-Fiや5Gなどのモバイル回線の説明が一切ないのも,逆に気持ち悪い.

ただ面白い特徴も紹介されており,蜂は地場を頼りにしているのだとか.

同様の話は上述の八月の銀の雪の檸檬の章にもあった.

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マルスは展示されているが,とはいえ現役なのが惜しい.

JRもコロナによる新幹線収入が少ないので難しいだろうが,昨今のDXの流れもあるので,運賃システムをそろそろ更新してもいいのではないだろうか.

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どうぶつの森で見たやつ.

種は全球凍結などの外圧で増えたであろうことが書かれている.

日本の明治維新にしろ,コロナにしろ,これは万物普遍の原理か.

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蛇も骨で見るとまた違う印象を受ける.

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直筆のサインも.

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Royal Society行きましたねえ.

上述の英留学リンク参照.

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Science Museumにもあった体験型の施設も充実している.

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やはり上記の恐竜の化石が科博の顔の印象だ.

あるいはクジラか.



未来技術遺産

実のところホールの一角にパネル展示をしたのみで,展示内容もほぼほぼ下記で網羅されている.

しかし会社や技術背景の記述は参考になった.

令和3年度(2021年度)第14回 ~技術の歴史を未来に生かす~ 未来技術遺産 登録パネル展

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ちゃっかり建築的に重みも感じさせる.

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JAMSTEC

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申し訳ないがパット見は魚雷か甲標的に見えてしまう.

まあ流体力学的に合理的だから..

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マクロな海流も渦を形成しているのは興味深い.

案外流体はフラクタルなのだろうか.

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水船のほか,目星を当てた千葉沖には大量のプラごみがあったとか.

そういえば科博は全体的に,地球温暖化や環境への具体的記述に,学術的施設でありながら,消極的にも見えた.

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加速器

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専門外は全然わからん.

鏡面になっていて反射が嫌で撮影は避けたが,カミオカンデの構成要素である光電子増倍管も展示されていた.

チェレンコフ光を観測するというのだからゾッとしない.

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複製と侮っていたが,型などの都合,比肩するらしいことを初めて知った.

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Science Direct...

うっ頭が...

 

奏楽堂

日曜コンサートのお知らせ | 旧東京音楽学校奏楽堂

 

なんだかんだチェンバロの生演奏を聴くことが初めてだったかもしれない.

少なくともソロは初めてだった.

 

冒頭は奏者の修論のテーマでもあるムジュレというもの.

即興的で独特の譜割りだ.

というのも長さが明確に定められていないらしい.また割と単音というかシンプル.

雨を表現した現代的な武満徹「夢みる雨」は,映画のBGMにもありそうな表現力.

良くも悪くも曲という印象は薄い.

 

最後はバッハのトッカータで冒頭と半世紀も変わらないが,即興でないという特性違いとはいえ表現力の違いが凄まじい.

特に和音が効果的だし,やはり旋律に彼らしさが出ている.

専門家からすると,推定作曲時期的に若さも感じられるのではとか.

ただところどころつんざくような音も聴こえた.これも若さなのか.

最後のメロディは木枯らしを思い出させる.

 

合計で説明含め40分くらいで入場料300円,ぐるっとパスでそれすら0円だった.

さすがに申し訳無さもあるし,投げ銭か寄付のスキームもあっていい.

藝大というか音楽系の金銭的負担はそれなりに知っているつもりだし.

 

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通常展は本館の経緯や狙いが書かれる.

藝大の一部としての動態保存の要素があることや,紀州徳川家のパイプオルガンが設けられつい最近リバイバルしたことなど.

 

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企画展は撮影禁止だったが,明治からの音楽「日本のうた」というテーマだった.

ひらがなを使うのは恣意的か.

まず驚きだったのは,かの結んで開いてはJJルソー発.

明治26年に公布された国歌の楽譜もあった.

 

また滝廉太郎は有名だが,日本で初めて豊かな旋律を取り入れたあたりが高評価らしい.

こうして教育にも音楽が取り入れられたが,明治期はトップダウンの堅苦しさもあったらしい.

そこで大正からは,子供がより馴染みやすいものへと変化したのだとか.

このあたりは社会背景的にデモクラシーの影響も少なからずありそうだ.

夏の思い出もあって懐かしかった.

とはいえ楽譜を読むのは得意でないので,馴染みのないものを見てもメロディがいまいち頭に浮かばないのだが.

 

台湾

以下のマスクは入場券代わり.

コロナ禍とはいえ,その工夫が面白い.

当日,入場料の支払いに長蛇の列を作っているのはアホらしかった.

台湾料理は色々と話題であるし,台湾旅行にも行けないので助かった.

あとから思ったが飲み物はアップルサイダーかパッションティーにすればよかった.

入場料含めお祭り価格ではあったし,料理も家庭感のあるものだったが,むしろそれがよかったと個人的には思う.

 

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総裁選と民主主義

菅総理が辞任するとのことで,タイトルの通り総裁選の”政治バトル”が激化している.

そこで改めてこの機会に政治について考え直してもいいと思った.

 

とはいえ,実のところは以下に示す本の影響が多分に大きいのだが.

そこで本で受けた感想の前に,ちょうど政治思考のアンケートを簡単に受けていた.

当時のイデオロギーは以下の通りだ.

 

 

 

読んだ本は以下.

戦後の民主主義の捉え方を,学者や当時の市民,メディアなどの文化人系の発信を総合的にまとめている.

 

これを読んで整理されつつもさらに混乱したのは,日本の憲法のあり方とそれに対応する左右の対立だ.

いわば憲法を保守する護憲派はリベラルで,憲法を革新する改憲派は反対に保守に大別される.

 

こうした考えの分け方に対し,私はこれまで改憲派であったが,本を通して憲法を見つめ直すと護憲派に転じた.

確かに現実的な対応策,特に対中国においては軍拡的方向性も理解できる.

しかしGHQに半ば強制されたものとしても,被爆事の敗戦国として,理想的な平和を最高法規に掲げる意義も深い.

 

一般にメディアの対して,特にいわゆるネトウヨ売国奴との指摘もあるが,こうして考えるといささか単純化しすぎだ.

もちろん理想と現実のギャップは理解できるが.

特に中国を考えると,恒大集団の不動産バブルをはじめ,香港の金融的価値の喪失や依然として続く少数民族の人権問題,BATの独禁法規制,一人っ子政策の反動としての強烈な少子高齢化に加え,ゲーム規制などの文化革命など習近平自身が自滅への駒を進めている.

無理に国際的圧力をかけずとも,内部問題のゴタゴタで領土対立どころではなくなるのではないだろうか.

もちろん内部の問題から目をそらさせるために領土問題で支持の拡大を狙う可能性も否定はできない.

しかし国際的孤立も高まる中で日本が積極的態度に出なくても,特に英語圏連合の米英豪印の包囲網が十分強い.

 

やはりこうして自身に落とし込んでも,憲法を語る上で9条の問題は無視できない.

自民党改憲の方針を貫く中で,これは離れなれない問題なのだろう.

自民党のみに絞られないが,これは本においても歴史の繰り返しが紹介される.

 

あるいは本書は戦後という言葉に着目する.

そうした固有名詞の使われ方の歴史的変化にも着目している.

特にコンテクストとして強い印象なのは,反戦との関連性であり,やはり上述のように9条問題に根源的には関連していると言えそうだ.

このあたりは教育方針の変化にも表れたようで,これが結果的に世代間の政治観の変化にも繋がるものと推測される.

ただこうした背景を無視して,特にポピュリストは世代間対立を煽る場面もあるような気がする.

 

さらに殊更民主主義としては,市民参加の程度の差もある.

上述のような教育もあって,安保闘争などの混乱が団塊らにあった.

しかし最近は主体性も失われている.

 

とはいえ若者に人気があると言われる河野氏など,今回の総裁選は自民党内の派閥の政治バトルの色が薄れている.

そのようにして世代としてもミレニアム的になることに期待したい.

もっとも彼は脱原発がネックに感じるが.

こうして議論を有耶無耶に回避すると,結果的に技術も衰退,喪失する.

案外それが狙いかもしれないが,戦略的に議論の「逃げ」として最もやってはいけない.

またなんだかんだ女性総理の登場も革新の訪れを感じさせるし.

もっとも直接的に結びつくわけではないが.

 

さらに本書では國分功一郎氏の最近の現代的動きなどにも最後に言及している.

彼は安倍政権や昨今の行政権の暴走に憂慮している.

確かに法治国家の民主主義国家として,透明性のある議論とプロセスが求められる.

特に小泉と安倍のポピュリズム的長期政権は,振り返ってみるとから恐ろしかった.

 

ということもあり,私の政治観は特に安保関連でリベラルが明確になり,自分の中でも納得できるようになってきた.

とはいえ人間的矛盾も感じるところもあるが.

 

ただこうして考えてみると,野党の動きは残念なものも多いが,リベラル派として応援したいところもある.

ただ現実的に自民の方向性の変化に期したほうが効率的なのかもしれない.

 

あなたはリベラルです。この象限に当てはまる人は、ライフスタイルに関する個人の選択の自由を尊重し、多様性と少数者の権利を信じています。社会正義のための国家による介入には肯定的で、格差是正や少数者の権利保護のために積極的な国家の役割を期待します。成長への関心は二次的で、資本主義の行き過ぎを是正する最適な政治経済体制を望む傾向にあります。自由を信じている一方で、社会的な価値観は収斂すべきだとみなす傾向にあります。
また、外交安保ではリベラルです。外交安保リベラルとは、憲法改正や日米同盟強化に反対し、自衛隊の役割の拡大にもくみしない立場で、限定された軍備を望む考え方です。

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