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高専から駅弁大学から東工大を経て大企業へ 浅く広い趣味とかキャリアの日記を

【書評】公共サービス×デザイン思考

pytho.hatenablog.com

引き続き前回の続きだ.
今回はアンドレ・シャミネー著,白川部君江訳のキース・ドーストの経験に基づく本書,行政とデザイン-公共セクターに変化をもたらすデザイン思考の使い方-の書評を交えながら,議論を深めたい.このキース氏は豪州の大学教授でデザイン・イノベーション学部に所属している.そもそも日本においてこうした学部はあるだろうか.残念ながら私はデザイン方面には疎いのだが,そもそも日本におけるデザイン思考やイノベーションの具体的な普及はまだだと感じる.あるいは黎明期,過渡期だろうか.いずれ社会の変革にはこうした変化が必要だと感じる.でなければ緩やかな衰退を待つしか道はないだろう.
本書はデザイン思考の”使い方”を扱っているため,まずはデザイン思考について簡単に知っておく必要がある.これもモノとしては行動経済学に類似している.既存の学問的プロセスでは解決不可能かそれに近かったものを新たなアプローチで解決の糸口を探している.デザイン思考はアイデアソンだ.詳しくは調べるか私のTOTALの講義のメモを参考にしてもらいたい.

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そしてここでは題名の通りデザイン思考の行政への適応を勧めている.日本においては専らイノベーションへのジレンマの対策の一手として大企業の新規事業や経営計画の方向性としての使われ方が多いと感じるが,その環境とは方向性が異なる.なおデザイン思考は日本でも徐々に認知・導入が進んでおり,天下の東大は全学の課程になるとかならないとかである.弊学東工大も上述のように希望制で行っている.これは東工大生であれば課程に関わらず無料で講義を受けられる.ただTOTALの専門の課程が優先されるが.

東大が「デザイン思考」育成を全学展開の背景|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

そしてさらに行政は一般に保守的で新たな手法の導入に消極的だ.市場競争によるインセンティブ・動機付けが働かないことや,公共性から安定的なサービスが求められるためだ.この点は本書の中でも同様の指摘があり,世界中における共通の課題と言えそうだ.
そしてまず問題となる分野を同定している.これが”厄介な問題”というものだ.翻訳で格好悪くなっているような気もするが,これは問題が複数の分野に関わりどんなに優秀な個人でも理解・解決が難しいものを指す.反対のものは単純な問題となる.厄介な問題が厄介なのは複数に跨り,誰も全体を理解できていない点だ.これは既存の研究による分類による分かりやすい解決もついている.興味があれば積極的に読んでもらいたい.
そしてこれは専ら社会課題:ソーシャルイシューと呼ばれる.確かに適当に行政の仕事を思い浮かべてもステークホルダーが多くいるのは自明だ.そこでそれぞれの顔色を伺いながらとなれば,問題解決が著しく難しいことも分かる.そのための説明会を開くにしても,全員が参加するわけではない時点で完全・理想的ではない.また旧態依然としているほど,一方向的(双方向的でない)ので受け手の意見をくみ取りにくいだろう.
そこで前回の続きにようやく繋がる.要はファシリテーションが重要ということだ.しかし慎重に行う必要がある.単にファシリテーションを行ってやっているアピールをするだけでは本質的ではなく解決には繋がらない.例えばステークホルダーの選定において,地域のプロジェクトにおいてその住民は当然呼ばれるだろう.しかしそこに根を張って勤めている人はどうだろう.本書ではホットドック屋が例示された.彼らは仕事の間に地域の様子を伺い,客とのコミュニケーションによって地域の理解・造詣も深い.そこで彼らの意見は貴重になる.また具体的な情報開示にも工夫できる点は多い.行政文書・プレスを分かりやすく届ける公共的義務の側面の中で,移民に配慮した言語が本書で紹介されている.一方,行動経済学の使い方においてはシンプルさが求められている.情報過多ではそもそも読む気が起きないし,書いている側はすべてをカバーしようとするが,読み手全員にそこまで複雑な情報は必要ない.そのためそぎ落としていくことが重要だ.
であれば以下のようなツイートも改善の余地があるだろう.すなわち銀行事業者からの手数料という分かりにくいアプローチではなく,利用者などとのファシリテーションを経て本質的な課題解決を図るのだ.そして具体的なデザインにおいては,デザイン思考と行動経済学の掛け算が有効に働くだろう.

またデザイン思考の具体的なテクニックの使い方や例も紹介されている.アルケオジー,コンテキスト,フレミング:リフレーミングやインテグレーションだ.これらはデザイン思考の主要プロセスの代表的なプロセスだ.1つ目は課題に取り組む前に前例などを振り返り十分に課題の予備調査を行うことだ.これにより振り返ったり振り出しに戻るリスクを低減できる.3つ目は非常に重要だ.問題の捉え方を柔軟にする必要性だ.デザイン思考における肝と言えるだろう.本書の例を挙げれば,工事プロジェクトにおいて騒音問題対策と考えるのではなく,工事に伴う経済圏の拡充というパラダイムシフトを起こせる.であれば対策も前向きになる.行動経済学の利得局面に類似するようにも捉えられる.そして政策的なフレーミングとの対立を避けることの重要性が述べられている.政策的なフレーミングでは,フレーミング自体を戦略的に扱い本質的解決を目指していない場合が多く,そのため対立が起こりやすいためだとしている.またこの回避や一連のプロセスにおける内発的動機づけの重要性をデザイン思考の図書として改めて説いている.
こうしてみるとデザイン思考の導入は積極的に行うべきと皆が思うだろう.しかし現実は難しい.前述のように保守的な価値観などが邪魔する.その中でこれの導入を図るデザイナーはその意義をうまくアピールしなければならないし,その行動の目的とそれによる意義を説明できなければならない.でなければ行政としての説明責任も果たせなくなってしまうからだ.これはキーポイントだ.日本においてはこうした作業はデザイナーよりかはコンサルが主導しているだろうか.しかし彼らにこうした配慮はあるだろうか.特に行政はクライアントとしてこのような特殊性を持つ.そうした意味でコンサルに勤める人や志望の人は本書を読むべきだと思う.
本書はこれまで書いたように例示を多数示しながら,図表による単純化を行いながらコツを伝授している.これ自体を業務の指南書に直接してもいいのではないかとも思う.また公務員もより優れた行政サービスの実現のために読むべきだろう.また本書は章の最後に章のまとめが書かれている.これだけでも大きな価値がある.
余談だが,ちなみに終盤にはDIYチキンというエピソードが紹介されている.これは食育の一環のプロトタイプとしてのエピソードだ.これが映画Facebookのクラブの入会のアレを思い出してしまってなんだかほんわかした.
ここまで3冊を分けながら書評してきた.これらを有機的に関連付けて実践していくことが重要だろう.デザイン思考的な言い回しをするなら,まさしくπ型・ハブ人材たれといったところだろうか.私の所感として,行動経済学とデザイン思考はつぶしが利く.すなわちどの分野とのシナジーも高い.ゆえにこれを知るだけでビジネス力の底上げが図れるだろう.そして一般に言われるようなハブ人材のように複数の専門性を兼ね備えることで無敵となれるだろう.企業としての在り方が揺らいでいく中で個人のスキルを挙げていくというのも重要だ.そしてそこで非常に役立つのが知識になる.あくまでここで述べたのは私の所感なので,ブログ読者の方も様々な本を読み漁って知識を深めてほしい.特にコロナで巣ごもりが推奨される中,読書ほど合理的な趣味はないだろう.
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