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高専から駅弁大学から東工大を経て大企業へ 浅く広い趣味とかキャリアの日記を

埼玉の各路線の土地利用特性分析へのレビュー

たまたまSNS上で専門に関係する面白いスライドを見かけたので,個人的に考察を加えてみたい.ゼミ番外編的な.

埼玉県の空間的特性に基づく「空き家」の 課題パターン抽出とその解決策の提案

http://www.hitozukuri.or.jp/jinzai/seisaku/kyodokenkyu/H27kyodokenkyu/H27tyukanakiya.pdf

これはタイトルの通り空き家の空間的特徴を埼玉県でケーススタディしている.埼玉在住として親近感のあるテーマだ.

まず冒頭,全国と埼玉の空き家数・率や人口についてマトリクスで示している.ここで鉄道通勤圏の埼玉だからこそ深刻なのではないか,という仮説を著者らは立てている.しかし前提のここに疑問がある.パラメータをどう読んでも,埼玉より全国のパラメータが悪いものを示し,埼玉の空き家問題は比較的軽微であるためだ.さらに読み進めていくと,埼玉の市町村別の特徴が地図上にコンター図で示されている.これより空き家は秩父や本庄,寄居といった山間部で特に酷い.これらを総合的に加味すれば,山村部の人口流出に伴って空き家が増加しているという仮説を立てる方が妥当だ.一方で資料は鉄道沿線ごとの特徴の照査に執心だ.仮説への疑問は残るが,鉄道路線ごとに地域が分断された埼玉の土地利用を,こうした側面から分析すること自体は興味深い.

そこで都心に直結する東武伊勢崎線,JR高崎線東武東上線西武池袋線に分類して分析した.これらの路線ごとの市町村をさらに都心への通勤率として,3つのカテゴリ(ここでは近,中,遠と呼称)に分類した.地理的感覚としては,R16圏内,圏央道圏内がざっくりしたところになるか.これらを路線価や家賃相場で再びマトリクスにしている.

まず東武伊勢崎のケーススタディを行った.近はS30sにURによる大規模団地開発が行われ,近年では老朽化するものの,高止まる需要に支えられてか民間と連携したプロジェクトによる建て替えが進行中として例示された.対して中は団地があるものの建て替えの予定はなく,利便性の低い上層階で空室の増加が見られるとしている.また日光街道の名残として古民家の管理の難しさも指摘している.さらに遠の郊外では,サブリースや開発許可によるスプロール,住宅の過剰供給を批判した.そのため都市のコンパクト化を目指す都市計画を提言した.開発許可の埼玉の問題は,以下に詳しい.

pytho.hatenablog.com

市街化調整区域におけるスプロールの実態からみた現行開発規制の評価

ここまでの感想としては,先行きは怪しかったが,ケーススタディとして土地利用の形態別にまとめられている点は評価できる.また書かれている内容も概ね同意できるが,事例が多く示され,具体的な数字が示されていない点は評価できない.各地の人口増加率,開発許可件数などは比較的簡単に入手,表示できたのではないかと思う.

次の高崎線ではこれらの点は改善が見られるが,やはりソースとして弱い印象がある.各ケーススタディで分担されているので,もう少し頑張ってもらいたい.また地域差の分析なのに地域を一貫した指標がなく,違いの指摘の説得力に疑問がある.さらに熊谷はロードサイドへの重心の移動で駅前の空き家が増加と述べているが,図からはあまりそうは見えない.むしろ駐車場の多さが目に付く.この地域はパークアンドライドの代表的な地域と言えそうだ.これら駐車場は,10年前は店舗だった可能性も高いので,そういった分析が望ましいだろう.

というか個人的には高崎線は他と比べ優位に思える.私鉄が地下鉄へ直通で,ターミナル後の都心内へのアクセスが悪いのに対し,高崎線直通の上野東京ライン湘南新宿ラインは都心内も快速運転する.

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この図も苦しい.政令指定都市で県庁所在地のさいたま市と他都市は比較すべきでない.秩父市からの都心通勤も不適切だ.市域が広すぎる.個人的に所沢と上尾,飯能と熊谷は同等な印象だ.他の路線と合うように田舎側,都心側で調整した感が否めない.そもそも埼玉特有の事象への言及が少ないので,東海道線東急線総武線常磐線も比較してよかったように感じる.

東武東上線はさらに改善されたように見える.基礎的な指標だが一貫して比較されている.近は需要に対し空き家の活用策が不十分な点を指摘,中は賃貸で空き家が増加し潜在的懸念を示唆,遠は過疎化や高齢化が示唆された.

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西武池袋線も内容の質は東上線と似ている.路線の特徴として,ニュータウン開発による世帯の特徴や,戸建てが多い点から,今後これらの空き家の顕在化への懸念を示した.

思いのほか辛口評価になってしまった.著者は東洋大学講師をコーディネータに,主に各自治体の公務員や地銀の武蔵野銀行の行員で構成されているようだ.大学内で見かける社会人ドクターは非常に優秀だと感激していたが,世の中そんな人ばかりではないなと思った次第だ.こういったものを見ていると,大学の重要性やコンサルタントの出る幕というのがうかがえるような気がする.

とはいえ,かくいう私も1か月後に発表会を控え,多くの指摘,コメントを頂戴するだろうから,偉そうなことは言えないし,ぶっちゃけこんなものを書いている場合でもない.

また分析当時と異なりコロナで生活様式が大きく変化しているのは,このブログで度々述べている通りだ.であると,近の需要は低下する公算が高く,中・遠は駅近などの特徴により差が広がるかもしれないし,そうでないかもしれない.今後に注目だ.