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高専から駅弁大学から東工大を経て大企業へ 浅く広い趣味とかキャリアの日記を

都市問題に切り込んだ書籍

比較的最近本屋B&Bというのを知り,イベントを毎日のように開催している新進気鋭の書店とのことで,興味のあるテーマで就業後にZoomで参加してみた.

 

織山和久×駒田由香×西田司 「人間のための都市の再生外部不経済とコモンズの視点から」 『自滅する大都市』(ユウブックス )刊行記念 | 本屋 B&B

 

本屋も単純な小売としてはECに勝ち目がないので,あの手この手で生存を図っている.

類似だと以下に言ったりしていた.ただここは悪くないが,遠い上に入場料も割とバカにならないので,頻繁に行ける感じもないのがなんとも.

 

pytho.hatenablog.com

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ちなみに今回のイベントの目的の1つに,このイベントに限らずB&Bという本屋がどんなものかと知りたかったが,著者と本書の話以外ほとんどなかったので,ここは伺いしれず残念なところだった.

であればオフで参加してみるほかないか.下北沢,出社していたとしても絶妙に遠いが.

 

今回のイベントは著者の3人がそれぞれのセッションを持って順繰りにスライドにまとめた内容を発表した.

発表者ごとにスタイルや内容に差があるのは面白かったが,全体としての共通した方向性は弱かった印象もある.

いたか分からないが,現地やウェビナー上で質疑も随時受け付けの形だった.

色々聞きたいこともあったが読んでいないのに質問するのも失礼そうな感じがして,どうしても攻撃的な態度になってしまうのもどうかと思って黙っていた.

 

印象,センセーショルなタイトルで日本の都市生活に噛み付いている.

それ自体の内容には同意する.

ただアカデミック系エリートの文殊の知恵の割には,根拠が弱かったりする印象もあった.

これは工学的要素の強い土木と,デザインやコンテクスト的な文学的で複合的要素の強い建築での都市の見方のアプローチの違いによるものなのかもしれない.

公と私のどちらを主にとるか.

 

 

で,アカデミックな部分が気になったのでCiniiで調べてみた.

すると筆頭著者は博士持ちで教授も務めながら,引っかかったのはたったの3本だけだった.

修士終了1年目の分際ではあるが,そりゃ統計分析とかが薄いわけだと感じざるを得ない.

独自解釈と分析をするのは自由だが,それが普遍的な因果関係を説明できたと担保できるかは別問題だ.

スライド中に,あるいは本書の中にもあるのだろうか,都市間の経済指標などを分析でとっていた.

しかしまともに数学的根拠を伴う論文を書いた人なら,決定係数0.3のデータは使わないだろう.

 

もちろん今回はただの書籍紹介コーナーで,指摘が場所違いであるのは十分承知だ.

また都市指標の分析は様々なノイズが乗らざるを得ないので,もともと甘めに見るのが妥当であることも理解できる.

ただ科学的態度として適切かは微妙なところと私は感じたというのが正直なところだ.

 

著者はそうしたデータいじりが好きなようだが,趣味ならともかく,外部へ発信するなら,統計学的背景は求められるだろう.

こういう薄い分析は昨今よく目にするので目眩がしてくる.

研修の一環での弊社のデータサイエンスも薄いことしか聞けなかったし,オンラインサロンをやっているような人も大体そうだ.

後者は確信犯的に誤用している説も大いにあるが.

 

 

とはいえ薄めの根拠でも同意できるところは多くあった.

だからこそ根拠が盤石であればよかったと切実に思う.

ここではよくある話でもあるが,地域コミュニティの重要性の話がされたりした.

東京の生活においては,隣の人の顔も分からないし,電車の密接な他人に対し辟易としている.

都市化は人が集まることによって生まれる交流に本源的価値があるにも関わらず,現代都市生活はそれを捨てていて本末転倒といった具合だ.

 

これは非常に同意するところで,会社のアイデアソンでもそれらをテーマにやろうとも思ったが,チームの同意がとれなかった.

薄いチームである.会社の愚痴は始めると止まらないので今回は抑える.

 

そして都市生活だけでなく,そもそもとして会社にも東京に置くことへの懐疑を問題提起した.

ふむふむ.確かに一理ある.

弊社の地方支社の方の話を聞いても,案外そちらの方が文化的生活を営めていそうな印象を受けた.

 

東京だと会社が大きすぎて,部署ごとに区切られてしまう.

支社は会社全体でもワンフロアかそこらなので,意外と顔見知りでだからこその他部署との機動的交流や全体的イベントも開きやすい利点がある.

 

これは弊社だけではないはずだ.

 

地方生活をしたことないので比較はできないが,首都圏の生活は余裕がないし,そこら中対立している.

そこに文化的生活はあるのだろうか.

結局ベットタウンかオフィス街くらいの違いしかないので,街に個性や強みもない.

当然面白くもない.私はホームタウンに愛着もクソもない.

いくら東京の資本が充実しているとはいえ.

 

 

さらに言われていたのが,都市としての間だ.

建ぺい率での空地や道路が当てはまる.

確かに東京の間なんてものはビルの間の暗い排気と室外機くらいのイメージのものだ.

しかも狭いから余裕がない.あるのは圧迫感だ.

 

これは大学院の講義でやったが,日本はオープンスペースが少ない.

ベンチのような座れる場所も圧倒的に少ない.オープンカフェもない.

これも交流の少なさに拍車をかけているだろう.

 

私空間ばかりだから,他者との集合・交流する機会も少ない.

日本の文化の根本は排他ではないかと思えるほどに.

 

そうして交流がないから,自分の組織くらいしか拠り所がなく,人生的にも薄くなる.

これは自分自身の回顧と反省でもある.

人脈は学校と会社のほかにほとんどない.

近所付き合いもすべきなのだが,親が排他的である.

変な人と交流するなと,ブーメランを口から吐いている.

 

私自身進学はうまくいったから,ニーズがあれば大学などについて教えたりしたいのだが,機会が社会的に抑圧されている.

大変な機会損失だ.

自分で言うのもなんだが,私の住んでいる街に東京一工が何人いたものか.

 

そうでなくとも意外と身近に需要と供給の均衡点はあるはずだ.

例えば電気工事や水道工事も業者に頼まずとも,信頼しうるご近所が有資格者かもしれない.

もっと社会的なテーマであれば保育だ.

特に東京は慢性的な待機児童問題があるが,地域信頼のベースがあれば,そこを頼るだけの話だ.

独り身の高齢者の脳の活性化にも丁度いいかもしれない.

それこそが文化的都市生活というものだ.

 

モーレツ社員など家族も持たずに会社で寝泊まりしてればいいものを,下手に人間を演じるから破綻するわけだろう.

 

youtu.be

 

 

話が逸れた印象をもたれるかもしれないが,実際に都市からこうした社会問題へテーマが移った.

あるいは都市構造へ軸足を戻せば,道路環境,ひいては車に関するものもあった.

そこも簡単に紹介しつつ,自己の考えをまとめておこう.

 

 

 

紹介は超手短に.筆頭著者がエスカレート気味な印象も,上記の社会問題への提議からあったが,彼は車が嫌いなようだ.

それはともかくとして,車優先の都市構造,それをミクロまで許容するのが許せないらしいようだった.

何も二項道路として街区の奥まですることなかろうと,幹線道路だけを満足に整備して,自転車やらを使えばよかろうと.

確かにこれは日本人のエゴもありそうだ.

 

ただエスカレート気味だったこともあり,ここは賛否両論がありそうだとフォローしておきたい.

確かに街区内の通過交通は排除すべきものだ.

そういう意味で先日の千葉での事故も同じコンテクスト上の社会課題とも定義できる.

 

ただ仮に街区内がすべて私道,あるいはそれに相当する等級になったときの弊害も考慮すべきだろう.

まず緊急車両の問題がある.

街区のある程度まではしっかりした道路がないと,いざというときに危ない.

 

ゴミ出しも遠くの収集場所まで徒歩が長くなるかもしれない.

インフラ系の公共サービスも課題がありそうだ.

宅配が自宅の前まで来ないかもしれない,追加料金が収集されるかもしれない.

 

ただ交通量を極限まで減らせるのなら,舗装の形態も変わるかもしれない.

安価に砂利道にしてしまうかもしれないし,土に回帰して植生が蘇り多様な環境が取り戻されるかもしれない.

 

 

車に戻れば,CASEのようにシェアリングで各家庭に駐車場がいらなくなり,建ぺい率の制限がより苦しくなる未来も近そうだ.

付帯義務含め,このあたりも法改正の潮目に近づきつつある印象だが,本国は柔軟に対応できるだろうか.

 

 

本を買おうと思えるほどではなかったが,考察の機会をくれたので,面白いイベントでは有意義であったとは思う.