先週の日曜日は終了の近いファッションインジャパン展を六本木・乃木坂は国立新美術館で鑑賞してきた.
もっともこの分野は浅学中の浅学だ.
国立新美術館
本展は日本博の一環ということもあってか,かなり気合の入ったものだった.
最近は毎週のように美術館・博物館巡りをしているわけだが,ここまで大規模なものも久しぶりだった.
少し残念だったのは大規模なだけに人数制限がかかっていてもなお,かなりの混雑で展示が見にくく,密気味なことに憂慮せざるを得なかったこと.
こればかりは社会人になって平日が難しい以上,仕方のない部分もあるが.
またカップルで見るのに絶好の展示のようにも思えた.
価値観のすり合わせにもなるし,無難で飽きのないコンテンツだから.
私は肝心の相手がいないので,例によってソロだったが.
展示は時代を追って構成され,景気や社会背景を元に,主に戦後から年代ごとにまとめられていた.
展示のカテゴリとしてV&A museumを思い出させた.
留学当時,ディオールの企画展もやっていたはずだったし.
もっともその時は英語力も未熟で,見て感じるに留まっていたが.
97年代のZ世代としては,正直過去のファッションに馴染みはない.
ただ映画やポスター,教科書などで見たものを通して再勉強になった.
レナウンも専らネットミームとしてしか知らなかったが,展示の中で見るとその時代での重要性を感じる.
ミッチーブームという上皇后様のセンスも初知りだった.
あるいはツィギーは中学英語の教科書に登場したが,彼女のミニスカートブームなども紹介されていた.
個人的には本展示ポスターにも入っているEast meets West展でのピンクの薄い和服には感銘を受けた.
安直かも知れないが,伝統の破壊と再生を感じた.
同様に松田光弘のドレスマスカレードというのも,個人的には好きだった.
さらにドン小西の派手なものも展示され,比べてみると確かに凄みを感じた.
この派手でありながら整然さを感じるバランス感が凄い.
展示方法もファッションショーを感じさせる構造で,目を引かせながら比較可能でよかった.
そういえば最近映画館で見たクルエラも大好きだった.
あるいは建築にモダニズムなどがあったように,当事者が法人か個人かとの違いはあるが,そうした価値観の時代変化も感じられる一面もあった.
70年代の展示は自由さが増して,モダニズム的な雰囲気を感じた.
何事もそういう側面があるが,ファッションにしても外圧の影響はあったように見えた.
日本が文明開化や敗戦で洋を積極導入したり,暴走族的な社会反抗の態度だったり.
デザインの萌芽?
また本展は分厚い本の資料も数千円で販売されていた.
とはいえスケッチする人も散見された.
本業のデザイナーさんやその志望者が,私の横でインスピレーションを得ていたのだろうか.
そういう姿勢を見ると,写真が禁止されていることにも,プラスの意義を見いだせそうな気もした.
その文脈で言えば,イラストレータも面白い絵を書くが,現実のファッションとはかなりの距離があるようにも思える.
非現実だからこその面白さを追求するベクトルや,リアリズムの追求などで差別化を図っていく将来性の伸び代もありそうに思えた.
また彼らは色を実質無限に使い分けられても,表面の質感や透過性には依然として技術的に課題がある.
そうした電子的な美術表現の探求も,1つの分野として興味深い.
メンズ
やはりファッションとしては戦前より女性優位に見られたが,男性に関する展示もあり,さらに動画もまとめられている.
館内ではパパスの設立経緯も知れた.
またアイビースタイルの拡大には,福沢諭吉のひ孫が寄与したとか.
個人的にこのスタイル,正装感がありつつも,遊びもあって,非常に好みだ.
また映画ソーシャルネットワークの兄弟を思い出させる.
自己実現
近々アイビーを取り揃えたところに,ウィンドウショッピングにでも行ってみたいと思う.
また似合うものは何だろうかと,骨格診断やパーソナルカラー診断の簡易的なものを試したところ,ウェーブのウィンターカラー:ブルーベースとのことだ.
しかし換言すれば,色白ガリオタクなのだが.
確かに比較的ビビットな派手なものなどは好きだ.
まあその某サイト様は診断者を上げるためにこうしたアイドル的人物を提示しているだろうが.
ファッションは上記の動画でも色々に議論されている.
ただ個人的には専ら自己実現のために選択している.
ファッションにもマズローの欲求的なヒエラルキーがあると推測する.
やはり寒暖の緩和のような生理的なものが最下にあり,モテのような社会承認を経て,最終的に自身の主張につながるのだと思う.
先進的な服装の人を見てても,モテや社会性が考慮されているようには感じられず,ましてや利便性は犠牲になっている.
ただヒエラルキーはあくまでファッションとしてだけであるし,優劣はないだろう.
なぜなら地域や貧富を問わず,エアリズムやヒートテックは普及したためだ.
新時代の方向性?
さらに新たなイデオロギーの見方もある.
それがちょうど最近の弊社の業務外イベントであった.
要はサステナビリティなどだ.
ライフサイクルでの工業用水や労働問題,リユース,そもそもの可否や寿命だ.
そうしたリベラルさも,ファッションを通じて発信できれば,新時代の方向性が定まるかも知れない.
あるいは個人的には地方創生などを通じた日本和装の復興にも期待したい.
浴衣や袴や下駄がもう少し日常的でもいいようにも思えるからだ.