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高専から駅弁大学から東工大を経て大企業へ 浅く広い趣味とかキャリアの日記を

【書評】インフラテクノロジー

下記の書評というか要旨.結構長文になってしまったが.

202X インフラテクノロジー

202X インフラテクノロジー

  • 作者:浅野 祐一
  • 発売日: 2016/11/23
  • メディア: 単行本
 

最初と最後はショートエッセイの形式で,馴染みやすく始められて締められている.
日常的な生活の中で活躍する土木を感じられるようになっている.これにより土木初学者にも馴染みやすい.
しかし本書の内容の全体としては専門的な話が多く,このギャップに違和感もある.
文体こそですます調のものの,論文のような書き口の内容だ.

法尻などの専門用語が説明されたり,説明されなかったりする.これによりターゲットのブレを感じざるを得ないし,読むテンポを崩される.

本書の内容は,同じ出版社ということもあってか,建設テックにかなり類似している.
建設テックが新技術の導入,他社との協働が色濃かったのに対し,こちらは既存の組織による研究や取り組みの紹介の印象が強い.

 

 

pytho.hatenablog.com

 

さて,それでは具体的な内容を少し紹介,書き記しておきたい.
2章ではウェアラブル端末に着目し,熱中症対策のシャツや技術の記録用のメガネが紹介された.後者については,業界の初歩的な知識については,Youtubeなどで共有を図れればいいと思った.

 

次にデータの利用が挙げられ,埼玉県の自己対策が例示された.
加速度データの地理的分布を蓄積し,過大な絶対値の加速度が検出された地域を危険地域として,集中的に対策を行ったようだ.理論的だ.加速度という着目点も興味深い.
私も高専の卒業研究においては,信号交差点の運転者の挙動の分析を行っており,その折に加速度についても同様に検討した.ただ私の研究の場合,その加速度そのものが挙動の結果,出力側と見ることもでき,扱いに苦慮した.
埼玉の事例は,地元に工場を持つホンダの協力によるところも大きいようだ.
結果として23%も事故を減らせたという.

また千葉からは苦情や陳情の受付を電話からインターネットに切り替えた効果が紹介された.
人的な負担が減るほか,いつでも受け付けられることにより,市民側にも利点があったようだ.実際に件数が増加しているようだ.

 

またゲートブリッジやD滑走路はセンサが複数設けられ,センシングによる予防のほか,他の構造物へ活かすべく,データの蓄積を図っているようだ.

福島ではマンホールにセンサを設けることで,ゲリラ豪雨に代表される内水氾濫へ対策を期している.

また技術的に興味深いものとして,光ファイバを用いたものがあった.
トンネル表面に貼り付けることで,ひび割れの変形による時間差の変化をドップラー効果を持って観測するようだ.高校物理のシンプルさながら,その組み合わせは意外だ.

ラーメン橋に免震構造が使えないという記述には感心してしまった.
考えてみれば当然で,構造形式が正反対なのだが,あまり耐震と構造の知識を有機的に把握できていなかったことを痛感させられた.
免震用のダンパーも動・静止摩擦係数の差を用いたような手法が生まれているようだ.
レベル1地震動にはダンパーとして作用せず,レベル2地震動にダンパーとして作用するようにすることで,メンテナンス性の向上などを図るようだ.
学部時代の研究室にも,橋梁のダンパーや支承における制震などの研究を行う同期がいたため,親近感がわく.

 

千葉の沿岸部の区では液状化対策として,木の杭を打ち込んでいるようだ.
土木の字の如くの工事であるものの,一見すると前時代的手法である感は否めない.
木は腐食や強度の不均一さから使いにくく,コンクリート技術の向上による台頭と共に姿を消していった.
しかし日本は国土の多くが産地で,林業のポテンシャルは高いものの利用できていない.
これにより林業そのものの担い手不足などから持続可能性にも課題が生じつつある.
さらに比して海外の森林は,保全すべき熱帯雨林の違法な伐採などが行われている場合もある.
木を打ち込むことは,Carbon Capture Systemよろしく炭素を固定できる利点もある.
今回の事例では地下水から腐食の懸念も小さいことが好条件だったようだ.

新国立競技場や日本橋に新設される木造ビルなど木材の利用は最近注目されている.
建物単体でなく,その材料などライフサイクル全体において,環境対策をより行うべきだろう.
先日も国産木材を材料とする一方,コンクリート型枠の木材は東南アジアからの輸入だったりした.
林業側も利用用途に応じて使いやすい材料の提供に努めるべきだろう.
おそらく国産木材は品質を売りにしていると思われるが,低質な安価なものにもニーズはあるだろう.
むしろそうしたものが,輸送コストの低い国内でまかなえるようになる利点も大きそうだ.

 

ダムについても言及されていた.
民主党政権での風当たりは強かったものの,最近は気候変動により水害も増加し,ダムの効果が見直されている雰囲気がある.
これに半ば便乗する形で,ダムの効果を教育的に発信していく取り組みが示された.
鬼怒川堤防決壊においてダムが貯留しなかった場合の浸水域の拡大を図化したり,京都の日吉ダムにおいてダムの建設費が1.8億円だったのに対し,予防できた経済効果は1.2兆円にも及ぶらしい.

またダムとしては,流入水と共に堆積してしまう砂による容量低下,下流の環境の変化の課題がある.これに対し,サイフォンの原理を用いて,動力をほとんど用いずに排砂する仕組みも紹介された.

コンクリートの寿命において表面仕上がりの影響が大きいことから,打設の各工程の影響の分析も示された.
あるいは温度ひび割れ対策として,水和熱を逃がすためのヒートシンク的な工事も示された.原始的だが効果はテキメンのようだ.

 

また計画分野にも言及があり,四条通の車線の削減や,御堂筋の側道の自転車道への転用,ライジングボラード,ハンプなどが紹介された.
個人的にこれらにはまだ課題があるように感じる.
一連の構造物の実現に際し,技術的検討はもちろんのこと,合意形成も粛々と行われただろう.その点は非常に評価できる.

しかし自動車はCASEによる大変化が近い.これを見越した検討や取り組みが望ましいと思う.
ハンプは悪くはないが,乗り心地は悪化する.
そもそも速度が高いのであれば,警察が取り締まるとか,オートブレーキを作動させるとかやりようはあるだろう.
カーナビなどで走行位置がトラッキングできるのに,それを活用しないのはもったいないように思う.
もちろんプライバシーやネットのセキュリティのような課題はあるものの,検討するだけの価値はあるのではないだろうか.
ウーバーイーツの交通問題もこうしたアプローチから解決できそうだと思う.