年が明けてしまっているけど
年末周辺は会社帰りに色々行っていたので、サクッとまとめの記録を残す。
蝶々夫人
今日は犬吠埼に出張と思えば、夜は新宿でオペラ見てるし、自分でも意味不明
— AOKI Takashige (@aochan_0119) 2021年12月7日
この日はこれに尽きる。
有給をとっていた都合、日程を勘違いしており、出張の日にチケットをとってしまった。
結局ギリギリで都内に戻ってきて間に合ったものの、色々とハードな一日だった。
疲れて寝てしまう心配も少しあったが、生演奏の迫力もあってか最後まで目が話せなかった。
また言語が日本語でも英語でもないようで、字幕ベースでないと詳細な話の内容が分からなかったからというのもある。
もっともオペラの歌唱の日本語でも、字幕はあった方が話の分かりやすさとしては望ましそうだが。
この話は有名ながら初めて見た。
端的な感想としては現代にも問題提起を孕んでいそうだった。
登場人物のそれぞれ人間的な弱さは一朝一夕や技術による解決は図れず、文化的・社会的な発展を待つしかないためだ。
このあたりは有名で既知のレ・ミゼラブルなどにしてもそうか。
基本的に蝶々さんが可哀想なことは認めるものの、盲目な恋かもしれないとはいえ、ピンカートンに心酔しすぎで些か社会性を損ないすぎだ。
何事にもバランスが重要というありがちな教訓を含有するともとれるが。
あるいは現代のフェミニズム的な観点からも提起を生みそうだが、これは話が長くなりそうだし、どこかの誰かが既にやっていそうな話なので割愛する。
要は女性の権利問題的な。
第九
同じく初台のオペラシティで日を改めて、年末に様々な場所で行われている第九に行ってみた。
あまりこういうものに行く柄でもないが、特別協賛のため社内割引がされていたのがきっかけ。
弊社はこうした文化支援が弱いので、私のWell Beingの費用圧縮のためにも、文化保護のためにも、積極的に行ってほしい。
正直なところ、第九は有名なフレーズ部分しか知らなかったが、まあ楽しめた。
上記の蝶々夫人で声楽の強さを生に感じられたものの、本物の生の四部合唱と各パートの独唱もあって、声楽的な充足感が強かった。
また映画のなかった時代の映画に変わるような文化娯楽だったためか、思いの外の長丁場だった。
そのため途中少し眠くなる場面も正直あったが、神聖な歌声の中でうとうとする気分も、それはそれで悪くなかった。
そんな中で有名なフレーズが始まって目が覚めて、ちょうどいい構成にも思えた。
なんだかんだ長丁場であるほどに、最後の達成感のような感動も増幅させられたようにも思えた。
余談だが、帰りにはチョコミントの菓子も添えて貰えた。
ジャズ
上原ひろみさんはかねてよりファンだったが、確認を忘れていて、昨年のブルーノートは逃してしまった。
今回のピアノクインテットで久しぶりに生で聞いた。
やはりジャズでCDとは異なるかなりはっちゃけたパートがあるのが何より魅力だ。
ゲストはコンマス相当の実力者揃いで、彼らの普通の演奏はもちろん、ソロパートもピアノに負けず光っていた。
また特にアンコール後にあったエピソードのトークも意外と等身大で面白かった。